産科医療における無過失補償制度について(3/5)

各国の制度

1 概論
(1) 類型
補償制度の類型としては、以下のような3種類があるといわれる。
第一に、社会保障制度が挙げられる。この制度の下においては、民事責任との関係は断ち切られている。すなわち、資金の拠出者は、侵害者または潜在的侵害者とは無関係に定められる。そのため、財源を広く一般財源に求めることができる。損害発生の危険性とは無関係に収入に応じた支払いをすることもできる。
第二に、公的救済制度である。これは、資金の拠出者を損害発生の原因者及び損害を発生させる潜在的な可能性がある者に限定している点で、社会保障制度と異なる。侵害者との関係を全く断ち切るものではないため、補償の対象は、一定の活動に関連して損害が発生したことを要件として画されることになる。
第三に、責任保険である。これについては前述したとおりである。公的救済制度との差は、過失責任及び侵害者の保険加入が補償の前提となっている点である。

(2) 長短
社会保障制度は、すべての国民に損害発生の原因を問わず補償がなされるという意味で、救済平等という観点から優れているといえる。前述した総合救済システム構想は、この平等性・公平性を重視しているものであった。
しかし、社会保障制度の下では、誰が損害を発生させたかを明らかにし、社会的責任を負わせるという不法行為法の機能のひとつはうまく働きにくいという短所が存在する。
裏を返せば、社会的責任の追及という面で優れているのが責任保険制度である。その反面、侵害者の保険加入の有無により補償が左右されると言う点で、救済平等という観点からは不十分である。
また、国家の関与という点では、社会保障制度の方が関与度は高く、責任保険に近い方が民間活用の機会は多くなる。
折衷的なものが公的補償制度であるが、以下で各国の制度を概観するところからもわかるように、折衷的といっても、様々な制度設計が考えられる。

2 ニュージーランド
(1) 概要
ニュージーランドにおいては、事故補償法が1974年に制定された。これにより、偶然の事故によって生じた全ての人身傷害につき、加害者の過失の有無を問わず、被害者の損害が補償されることになった。

(2) 財源
財源は税金である。(イ)すべての就業者・自営業者が事故経験率に応じて定められた保険料を支払う就労者口座勘定、(ロ)自動車の保有者・業務用免許保持者が支払う保険料及びガソリン税により賄われる自動車口座勘定、及び(ハ)一般財源から成る。
また、1998年改正により、保険会社の支払不能リスクに対処がなされている。つまり、保険会社の支払能力不足により補償されなくなるおそれがあるが、財務の監督を強化し、また、支払不能保険基金を創設することで、支払漏れのないような工夫がされた。

(3) 手続・運用
人身傷害を受けた者は、独立の行政機関(ACC)へ直接申立て、ACCは申立てに基づき、合理的な判断により補償の支払いを決定する。ACCの審査官は、原則として、聴聞を行い、独立して決定を下す。補償金の支払は、国の基金から拠出され、支払われる損害額は所得の80%と法定されている。
この審査決定に不服がある当事者(請求者、ACC、使用者、医療者)は、裁判所に提訴することができるが、一度補償を受ければ、その後の民事訴権は失われる。

3 フランス
(1) 概要
フランスでは、2002年に「患者の権利及び保健衛生システムの質に関する法律」及び「民事医事責任に関する法律」によって公衆衛生法が改正され、無過失を含めた補償制度が導入された。医療者側の反対を押し切る形で、大胆な変革を実現したものであり、フランスではおおむね立法府による英断と評されていたようである。
その内容は多岐にわたるが、とりわけ重要とされるのが、?医療者の過失なき医療事故領域に損失補償の原理を導入したこと、?医療事故の裁判外紛争処理機関を設け、これと裁判手続き及び保険者との有機的連携を図ったことである。

(2) 財源
収入は、疾病保険金庫などからの一般交付金、鑑定費用の償還額、賠償責任者・保険会社への制裁金、国の拠出金により支えられている。

(3) 手続・運用
ただし、医療者・医療機関には罰金付きの保険加入義務が定められている。保険契約には保障限度額を設定できるが、損害額が限度額を超過しても、全国医療事故保障局(ONIAM)が保険者に代わって超過分を支払うため、限度額や医療者の資力に左右されず、患者は全額の賠償を受けることができるようになった。ONIAMは、保健衛生大臣の管轄する公施設法人である。
なお、法改正により、リスクの高い医療事故損害保険の締結を余儀なくされた保険会社は、当初、大幅に保険料を引き上げ、あるいは、市場から撤退するなどの行動に移った。そのため、後日、保険契約の保証期間の制限などの修正が施されることになった。

(4) 立法までの経緯―判例法理の存在
フランス法においても過失責任原則が妥当する。しかし、フランスの判例法理においては、医療者の責任に帰しえない医療事故による身体損害(以下、「偶発性医療リスク」という。)が救済の対象とならないことを問題視し、過失責任原則を乗り越えようとの試みが見られた。それが、医療者が契約上の付随義務として安全保証義務を負うことを認める法理論である。
安全保証義務は、手術によって結果的に患者が損害を受けた場合、その損害が患者の手術前の状態及び経過と無関係に生じたものなのであれば、医療者は過失がなくても賠償責任を負うというものである。
このような法理論は、複数の下級審が支持していたが、2000年に破棄院が過失責任原則の厳格な適用を示唆する判決を下した。かかる判決が一つの契機となり、上記法改正に至った。
上記のような経緯もあり、偶発性医療リスクについては上記改正法により救済の対象となるが、医療事故・医原性疾患については従来の過失責任原則がそのまま妥当する。

4 ドイツ
(1) 概要
ドイツにおいても、1970年代前半から医療過誤訴訟が急増し、その対応策として裁判外紛争処理機構である調停所が設立された。調停所は、裁判外で、賠償責任がある医療過誤かどうかという専門家の鑑定により患者と医師を調停する機関である。

(2) 手続・運用
しかし、患者は、調停所の判断には拘束されず、訴訟を提起することもできる。一方、調停所が医療過誤を認めた場合には、医師賠償責任保険により患者に賠償金が支払われる。ただし、保険会社も調停所の鑑定に拘束されない。
そのため、この裁判外紛争解決の利点は、患者に費用負担がなく、また患者の請求にかかる時効が中断することにあるとされる。
また、ドイツ国内の医師はすべて、職業義務に従って第三者保険機関に加入しなければならない。よって、被告は保険機関ということになる。しかし重大な医療ミスが立証された場合には、保険機関が医師に求償することもあるという。
そして、保険料の計算は、医療過誤のリスクが最も高く、また賠償請求額が最も高い専門領域ほど、高い保険料を支払わなければならない。産科の医師は、これに含まれている。

5 フロリダ州
(1) 概要
米国のフロリダ州では、1988年に新生児脳性麻痺に対する補償制度(NICA)が制定された。通常妊娠で2500グラム以上、多胎妊娠では2000グラム以上で出生した児を対象としており、先天性障害は補償の対象にならない。

(2) 財源
NICAは、基金に対する医療機関に参加義務を課しており、加入者は基金に対して毎年賦課金を支払わなければならない。産科医個人の参加は任意とされている。

(3) 手続・運用
NICAによる補償を受けるには、医療機関または産科医が参加していることが前提条件となる。医療機関等が基金に参加していた場合には、児の両親からの申立てにより、行政裁判官が、適用対象となるかを判断した上で、フロリダ州の行政審判が下される。
補償金支払いの決定がなされれば、出生時の損害について、以後、訴訟を提起することは原則としてできないとされる。
補償条件を充足しない場合または補償金支払決定前であれば、児の両親は、訴訟を提起することになる。

6 小括
ニュージーランドは基本的に全ての国民の拠出の上に成り立っており、公的な保障としての側面が強い。すなわち、社会保障制度としての側面が強いものの、一部で公的救済制度を用いているということができる。他方、フランス・ドイツ・フロリダ州は、公的救済制度と責任保険制度を組み合わせていると評価できるだろう。そして、4地域とも、完全には民事訴権を排除しておらず、不服のある者や補償を受けられない者が別途訴訟を提起する道を残しているといえる。
フランスの制度は、補償制度と賠償制度の二段構えになっており、しかも賠償責任保険の加入を義務化することで、救済漏れのないよう配慮されていると評価できる。ただし、その分、通常の市場取引であれば負わなくても良いリスクを損害保険会社に負うように強いていると見ることもできるから、妥当性について、なお問題が残る。