スポーツ法及びエンタテイメント法における諸問題(1/2)

第1 報告書の概略

本報告書は、スポーツ法、エンタテイメント法にかかる諸問題をある程度網羅的に概観し把握した上で、特に重要であると考えられる著作権の権利制限における一般条項の導入及び報酬請求権化の是非について検討することをその趣旨としている。
なぜなら、上記分野における政策的課題は多数に上るところ、有限な資源を最大限活用するには、ある程度標的を絞る必要があるからである。経験則上、総花的な施策は施策として意味を成さず、共倒れに終わる傾向にある。
ところで、日本においてスポーツ法、エンタテイメント法は未成熟な分野であると言って良い。産業規模が比較的大規模である(例えば、2008年北京オリンピックの日本向け放映権料は1億8000万米ドルとなっているし、ライブ・エンタテイメントの市場規模は1兆1600億円となっているから、マーケットにおける存在感は大きいといえる。)にもかかわらず、少なくともわが国では法律実務家の関与は限定的であった。なぜ限定的関与に留まっているのかという考察は後述するが、実務上見解の一致を見ていない法的課題が山積している状況であるといえる。
そこで、まずは、スポーツ、エンタテイメント分野におけるわが国の現状を分析し、法的諸問題をある程度網羅的に概観することにしたい。これによって、法的問題の所在と数を大まかに把握することとする。その上で、特に重要な問題として本検討会で議論すべき問題である著作権の権利制限にかかる一般条項及び報酬請求権化について論じる。

第2 日本における現状とその諸問題

1 スポーツ法分野

(1) コンプライアンス
ア わが国の現状
従来、日本のスポーツ界においてコンプライアンスやガバナンスが問題とされることは少なかった。これは、スポーツ組織の運営において上意下達ないし年功序列が法令に代わる規範とされてきたためであると考えられる。
しかし、スポーツ界を取り巻く状況は確実に変化している。2010年の角界を例に引くまでもなく、たとえ今までは見咎められなかったとしても、違法行為や脱社会的行為を行えば、ファンやスポンサーの信頼を失い事業継続の危機に瀕するのである。

イ 問題の所在
そこで、特定分野のみ通用する規範ではなく、社会一般が納得する規範を導入する必要がある。すなわち、会社法により企業が直面しているガバナンスやコンプライアンスのコストを、今後はスポーツ界も負わなければならない。特に、平時においては、手続の監督すなわちルールの設定と公表及び公正な手続の遵守することが肝要となる(有事の際、すなわち紛争発生後については後述する調停・仲裁を参照のこと)。
とはいえ、上述のような意味での「スポーツ法」を浸透させることは、規範意識の変更を要するため、困難を伴う。
また、コンプライアンスによる負の外部効果も起こり得る。例えば、コーチではなく審判員にアスリートの選抜権を与えることは、コーチによる恣意的選抜(いわゆる「依怙贔屓」)を排除し、選考を透明化する上で望ましいと評価することができる。しかし、団体競技においては個々人の成績だけでなくアスリート間の相性や人間関係も重要である。そのことを考慮せずに選抜すれば、チーム運営に支障をきたし競争力にも影響する。よって、アスリートの相性や性格を検討させるなど、コーチはある程度裁量を必要とする。
したがって、このようなコンプライアンス制度の構築を求めると共に、設計について、スポーツ分野それぞれの特性に応じて検討し、必要に応じて裁量規制をかけることが課題となっている。

(2) スポーツ仲裁・調停
ア わが国の現状
平時の際は、ルールの設定と公表及び公正な手続の遵守することが肝要でありその具体的手続きが課題となっていることは前述のとおりである。これに対して、有事の際には、原因を究明する第三者委員会を設置したり、不利益処分に対する不服申立制度を利用したりすることが行われており、その制度も完備されつつある。
スポーツ仲裁は、シドニーオリンピックにおける競泳日本代表選考の事案によって巷間に上るようになったが、第三者機関の設立には、アンチ・ドーピング運動と密接な関係がある。すなわち、長期間の出場停止と無過失責任という処分の重さ、及び、限定列挙にすると簡単に回避できてしまうため事後的判断を行わざるを得ないことから、処分権者以外の第三者機関に判断を仰ぐ必要性が高いのである。
そして、トップ・アスリートにかかる紛争の処理において中心的役割を果たすのが1983年に設置されたスポーツ仲裁裁判所(CAS)である。わが国においては2003年に日本スポーツ仲裁機構(JSAA)が設置された。上記仲裁制度により、トップ・スポーツの公正さと透明性、判断の明確さが担保されているのである。

イ 問題の所在
しかし、わが国においてスポーツ仲裁・調停の利用は低調である。また、スポーツ仲裁自働受諾条項の採択状況も44.3%に留まるから、今後の普及が課題となろう。
また、JSAAの判断には仲裁法の適用は無いため執行が予定されていないことも問題である。諸外国、例えば、CAS仲裁は法的仲裁と位置付けられており、スイス民事訴訟法の適用があるため、執行ができる。しかし、日本におけるスポーツ紛争は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」にはあたらないと考えられるため、事実上の効果しか認められない。よって、マスコミ等を介するピアプレッシャーを期待できない場合の解決をどうするべきかが問題となる。

(3) 独占禁止法上の問題
ア わが国の現状
上述のとおり、一般に、スポーツ界を担う人々が法律上の問題と直面することは稀であったといえる。その少ない例外のひとつが独占禁止法上の問題である。近年ではプロ野球において、オリックス近鉄の合併事例や楽天の新規参入など球界再編と独禁法との関係が問題化した。

イ 問題の所在
例えば、野球協約31条によれば、日本プロフェッショナル野球連盟に新たに参加しようとする球団は、実行委員会及びオーナー会議の承認を得なければならないとなっている。また、旧規約36条の5では、加盟料が60億円となっていた。独占禁止法3条前段は私的独占を禁じているところ、事業者団体に加入していなければ事業の継続が困難な場合であれば、同条に抵触する。そして、各チームのオーナーが拒絶している、又は、加入を拒否しないにしても、合理性のない負担金を課すことによって実質的に新規参入を制限する場合は、私的独占に該当すると考えられる。
そこで、本協約は保証金25億円(ただし10年間チームが存続すれば返還)、加入料5億円と改正された。しかし、承認要件は残存しているため、違反の可能性は否定しきれない。このほかにも、プロ野球には契約交渉の制約であるドラフト制度など独占禁止法上違反とされうるような制度をとっている。

(4) 契約実務
ア わが国の現状
スポーツに関する契約実務もまた、法律実務家の関与が及んでいる例外的領域であるといえる。特に、スポーツイベントは優良コンテンツとして巨額の放映権料が支払われるため、法律実務家による契約チェックが行われている。多くのスポーツにとって、放映権料は主たる収入源となっているからである。ただし、スポーツ放映権の根拠、権利の帰属が理論上問題となりうる。
他方、同じ契約実務でも、アスリートの移籍等に関するマネージメント業務については、リーガル・マーケットとして成立していない状況である。このことは、米国におけるエージェントないしマネージメント会社の隆盛と比較するまでもない。
エージェントの不在によって、アスリートの生涯賃金や地位が低下している可能性は高い。加えて、このような現状がアスリートの海外進出を促進し国内競技の魅力を減退させていることも考えられる。

イ問題の所在
そもそも、わが国において代理人業務が市場として成立していないのは、アスリートの受け取る年俸自体が、MLB等と比べて低額であることもさることながら、協会の規約によるところが大きい。
すなわち、プロ野球については、野球協約50条によって対面契約が義務付けられおり、JリーグについてはJリーグ規約95条によって代理人の関与が禁止されている。また、総合格闘技など統一契約の存在しない競技については、アスリートの移籍自体が困難な場合が多いことも指摘できる。
よって、利益相反に留意しつつ代理範囲を拡張すること及び統一契約ないしモデル契約を策定することが今後の課題となる。

2 エンタテイメント法

(1) ファイナンス
ア わが国の現状
エンタテイメントは、映画、音楽、ゲーム等著作物となりうるコンテンツをその対象としている。コンテンツの製作には資金が必要であり、特に映画は多額の資金を要する。よって、エンタテイメント法においてファイナンスは重要な位置を占めている。
わが国の映画製作において最も多用されているファイナンス・スキームが、製作委員会方式である。製作会社、広告代理店、配給会社、金融機関など複数の会社が資金を出資しあって映画を製作するものである。かかる方式のメリットは、(1)業界における馴染みある手法であること、(2)参加者の態様に応じた柔軟な仕組みであること、(3)課税面で優遇を受けられること(道管性、フィルムの減価償却等)が挙げられる。

イ 問題の所在
無論、製作委員会方式にはデメリットも存在する。それは、(1)著作権等の権利関係の不明確さ、(2)外国への分かりにくさ、(3)外部資金調達の困難さ、(4)対外的な無限責任、(5)顔ぶれの固定化によるリスク回避的行動(企画・製作のパターン化)などである。
(1)は、誰が決定権・拒否権を持っているか曖昧になっていることで、当初予定されていなかったビジネス展開をする際に、意思決定が遅れたり出来なくなったりするという問題が生じる。(2)についても、海外展開をする際の足枷となって、コンテンツが塩漬けにされるおそれを高めてしまうといえる。加えて、(3)(4)は、出資者のリスクを高めるといえる。また、(5)のマンネリ化によって映画産業全体の魅力が低減してしまうと評価できる。
そこで、製作委員会方式以外のビークルを検討する必要がある。具体的な選択肢としては、匿名組合(商法535条)、有限責任事業組合(LLP法に基づく)、信託(信託法による。資産流動型と運用管理型がある)がある。そして、どのようなビークルで出資を集めるかについては、(1)有限責任制、(2)課税透明性、(3)倒産隔離、(4)組成コスト、(5)コントロール・内部関係、(6)金融商品取引法上の規制などを勘案して決定すべきである。
しかし、一時勃興しつつあったコンテンツファンドも現在では退潮の傾向にある。ジャパン・デジタル・コンテンツ信託の事例は、その象徴とされた。そのため、信託形式は、今後出資者の間で躊躇される可能性が高いといえる。

(2) 契約実務
ア わが国の現状
上述したとおり、エンタテイメント法の客体たるコンテンツは多くの場合著作物である。かかる権利を譲渡しようとする場合には、制作・開発・権利のクリアランスが必要となる。
ところが、わが国のエンタテイメント界においては、契約内容が書面化されていないことが少なくない。これは、「業界の顔役」などと呼ばれる年長者等が紛争処理にあたっていたためであると考えられる。

イ 問題の所在
よって、過去の契約については内容の不明確さというリスク・ファクターが生じている。
このほかのリスク・ファクターとしては、アーティストは下積み時代に生活に困窮することが多いため、将来にわたる著作物にかかる権利を譲渡するなど包括的かつ将来的契約締結している可能性があるということがある。
これらに加えて、過去の契約において新しいメディアの利用権がどの範囲まで許諾されていたかが問題になる事例も多い。
以上は、契約内容が明確でないことに起因する課題であるが、新たに契約を締結する場合でも、翻案権・二次的著作物の利用にかかる権利の特掲(著作権法61条、27条・28条)、著作者人格権(同法18条以下)の不行使特約など権利のクリアランスに関して留意すべき点は多い。
また、美術の著作物の場合は著作者と原作品の所有者が異なるということが生じるため、著作権と展示権の抵触が起こり得る点に注意が必要である。そして映画の著作物の場合は、著作権法28条に基づく二次的利用に対する報酬請求権が事後的に問題になりうる。
このように、契約慣行の特殊性から従前は契約内容が書面化されていないことが多かった。よって、エンタテイメント法は契約実務が固まっていない領域であるといえる。しかも対象となるコンテンツによって注意すべき点が異なる。しかし、権利のクリアランスや決定権・拒否権の所在を明らかにしておくなど基本的視点は変わらないものということができる。

(3) 肖像権・パブリシティ権ネーミングライツ
ア わが国の現状
いわゆる肖像権及びパブリシティ権は、実体法に明文の規定はないものの、裁判例によって認められ形成されてきた。ここでいう肖像権とは、「みだりに自己の容貌や姿態をその意に反して撮影され、撮影された肖像写真や映像を公表されない人格的な権利」を指し、パブリシティ権とは、芸能人等の有する「顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利」のことをいう。スポーツ・エンタテイメントのビジネス上問題となりうるのは、後者の経済的・財産的権利たるパブリシティ権である。
また、契約法上付与される権利として、ネーミングライツ(施設名称権)が一般化されつつある。ネーミングライツは、スタジアム等の所有者が、施設の名称を定めうる権利等を対価の支払いと引換えに付与するものである。

イ 問題の所在
上述のとおり、パブリシティ権は、制定法によらない新しい権利であるため、保護の限界や権利範囲が不明確であることが指摘できる。この点、諸外国においてはパブリシティ権を一定の範囲で保護する制定法を置いている例もある。この場合はわが国のような不明確さの問題は生じにくいといえる。
そして、明文化されていない権利の範囲は、権利の法的性質・根拠をいかに捉えるかという解釈論によって大きく影響される。パブリシティ権の法的性質としては、?人格権説、?財産権説、?不正競争防止法説など見解が分かれている。
また、パブリシティ権の範囲と共に、その帰属も別途問題となり得る。すなわち、芸能人本人・アスリート本人にその享有主体性があることは明らかであろうが、芸能プロダクションや所属チームとの関係については必ずしも明らかでない。芸能プロダクションや所属チーム等にパブリシティ権が認められないのであれば、非弁活動として弁護士法違反に問われるおそれもある。
さらに、パブリシティ権・肖像権を一身専属的な権利と解するべきか否か、本人の死後のパブリシティ権・肖像権の存続の有無についても未整理の課題である。
なお、ネーミングライツについては、地方公共団体の新たな財政源として活用例が増加しているといえる。しかし、ネーミングライツを付与した企業の不祥事に起因する契約解消、名称変更などの問題が発生しているし、予定価額を下回るなどのマッチングの問題なども生じている。

3 本稿において検討すべき課題

(1) 定義
以上、スポーツ、エンタテイメント分野についてわが国の現状を分析し、法的諸問題をある程度網羅的に概観した。そのため、以下では、特に重要な問題であると考えられる著作権の権利制限にかかる一般条項導入及び報酬請求権化について論じる。
著作権の権利制限とは、その名のとおり、著作権者の権利を制限する規定であり、わが国著作権法では30条以下又は支分権各条において制限事由が限定列挙されている。しかし、形式的には権利侵害規定には妥当しないものの侵害を問うには妥当でない行為が多数存在しているとの問題意識の下、権利制限を認める一般条項を導入すべきという立法論がある。
また、報酬請求権化とは、許諾権ないし禁止権に分類される著作権を報酬請求権のみ認める権利態様に変更するという立法論をいう。かかる立法論の背景には、著作権が許諾権であるがゆえにイノベーションや円滑な流通が阻害されてきたのではないかとの認識があると考えられる。

(2) 議論の実益
上記の問題が特に重要だと考えるのは、2つの理由による。第一に、スポーツとエンタテイメントの両分野におけるファイナンスと関係する問題であるということである。第二に、契約実務と関係する問題であるということである。
既に述べたように、スポーツイベントの放映権料は主たる収入源となっている。そしてその権利の根拠は著作権法上の映画の著作物に該当するという点に求められていた。よって、かかる問題は、スポーツにおけるファイナンスと関係しているといえる。
また、権利制限の一般規定導入や報酬請求権化のメリットとして挙げられているコンテンツ流通の促進は、エンタテイメントにおけるファイナンスと密接な関係がある。二次的利用が促進されれば、投下資本の回収がしやすくなり、資金調達をしやすくなるといえるからである。
そして、上述のようなエンタテイメント法における契約内容の不明確さ、不安定さは報酬請求権化によって一部解消されうる。なぜなら、禁止権を前提とする差止めによる損害よりも報酬請求権を前提とする使用料相当額の請求の方が打撃が小さいと考えられるからである。

(3) 問題の所在
では、なぜ上記の問題が議論されているのだろうか。
そもそも、権利制限の一般条項導入の是非にせよ、報酬請求権化の議論にせよ、問題の核心部分にあるのは、2つの立場の対立である。そこでは排他性の限界が問題となっており、有体物を前提として発展してきた「財産」概念が、どこまで無体物である知的財産に適用できるかということである。有体物も無体物も同じように価値があるものについては権利が発生するという発想は、理論的には飛躍がある。そのため、その根拠と法的性質をいかに解釈するかによって異なる2つの立場が生じているのである。
第一の立場は、自然主義的考えに立脚している第二の立場は、功利主義的考えに立脚している。功利主義的考えによれば、元来公共財である情報について著作権を認めたのは、創作のインセンティブを付与するためである。よって、市場選好などに委ねるべき場合は、権利を付与しないこともありうるという結論が導かれうる。対して、自然権的考えであると、労働や知的活動の関わることについて当然に権利が発生するということになる。よって、人権たる著作権を国家が奪うことは原則として許されないという結論に至る。