産科医療における無過失補償制度について(4/5)

産科医療における無過失補償制度の検討

1 産科医療補償制度
(1) 制度創設の経緯
被害者救済という観点からすれば、全医療を対象として無過失補償制度を実施することが望まれるが、補償対象を拡大すれば財源上の限界という問題に直面する。そこで、緊急度の高い課題から優先して取り組む必要がある。以上のような認識を背景として、日本医師会の提言に応える形で2006年11月に自由民主党政務調査会社会保障制度調査会・医療紛争処理のあり方検討会は、「産科医療における無過失補償制度の枠組みについて」という政策の大枠を提示した。
これを受けて、2007年2月、厚生労働省は、財団法人日本医療機能評価機構に事業を委託し、同機構において産科医療補償制度運営組織準備委員会が開催されることとなった。同準備委員会は、2008年1月「産科医療補償制度運営組織準備委員会報告書」をまとめ、それを基にして2009年1月から産科医療補償が開始された。

(2) 制度概要
産科医療補償制度は、通常の妊娠・分娩にもかかわらず児が重い脳性麻痺となった場合を対象とし、医師の過失の有無にかかわらず、計3000万円の補償が支払われるものである。
分娩により重度の脳性麻痺となった児及びその家族に対して速やかに補償するとともに、脳性麻痺の原因分析を行い、再発防止策を講ずることにより、紛争の防止・早期解決および産科医療の質の向上を図ることを目的としている。

(3) 財源
産科医療補償制度は、分娩機関(分娩を取り扱う病院、診療所、助産所)が保険に加入することが前提となっている。すなわち、各分娩機関は、補償金支払いによる損害を担保するため、財団法人日本医療機能評価機構を通して、産科医療補償責任保険に加入する。以下、このような分娩機関を「加入分娩機関」と呼ぶ。
加入分娩機関が支払う保険料は1分娩あたり3万円であるが、実質的には、妊婦が支払う出産費用に上乗せされる。
しかし、本制度の開始に合わせ、出産育児一時金の支給額が35万円から3万円引き上げる政令の改正が行われた。そのため、産科医療補償制度は公的救済制度の建前をとっているものの、実際は出産育児一時金により賄われていることになる。出産育児一時金は健康保険の一部であるから、国民皆保険を前提とすれば、産科医療補償制度社会保障制度に限りなく近似していると評価できるのである。

(4) 手続・運用
補償の対象は、前述のように、通常の妊娠・分娩にもかかわらず児が重い脳性麻痺となった場合に限定されている。具体的には、(a)平成21年1月1日以降に加入分娩機関において、(b)出生体重が2000グラム以上かつ妊娠33週以上で生まれ、かつ、(c)重度の脳性まひになった児である。
すなわち、先天性の要因等による脳性麻痺については、補償の対象外となっている。
なお、上記基準を下回る場合であっても、妊娠28週以上で所定の要件に該当した場合は補償の対象となる場合がある。
児(またはその保護者)が補償金を請求するためには、 身体障害者等級の肢体不自由認定に係る小児の診療等を専門分野とする医師又は小児神経専門医によるこの制度の専用診断書を取得し、必要書類と合わせて分娩機関に提出し、補償認定を依頼する必要がある。認定を依頼できる期間は、出産後1年から5歳までに限定されているが、診断が可能な場合は生後6ヶ月以降でも可能である。
加入分娩機関は受け取った診断書等を財団法人日本医療機能評価機構に提出し、補償認定を請求する。そして、同機構は審査委員会において補償認定の審査を行う。
補償対象として認定された場合は、同機構からの案内にそって補償金(一時金と毎年の分割金)を順次請求し、それに基づいて運営組織が保険会社に保険金請求を行う。保険会社は補償請求者に保険金を補償金として支払う。(なお、審査結果に不服がある場合は、再審査の請求を行うことができる。)一時金600万円と分割金総額2400万円(20年にわたり毎年120万円)、計3000万円が補償金として支払われることが予定されている。

(5) 原因分析
上述したとおり、脳性麻痺の原因分析を行うことも、産科医療保障制度の目的のひとつである。そこで、原因分析を公平で中立的な立場で適正に行うため、財団法人日本医療機能評価機構に第三者委員会である原因分析委員会が設置された。
原因分析委員会の委員は、法律家、医療を受ける立場の有識者で構成される。具体的には、内部組織として6つの部会が置かれ、各部会は、産科医3 名、小児科医(新生児科医を含む)1 名、助産師1 名、弁護士2名の計7 名の委員から構成される。弁護士の部会委員は、論点整理や、報告書を児・保護者にとって分かりやすい内容とする役割を担うとされる。なお、助産所や院内助産所の事例については、各部会に所属する助産師の委員に加えて、2 名の助産師が審議に加わることになっている。
委員会は、加入分娩機関から提出された診療録等に記載されている情報及び保護者からの意見に基づき、医学的な観点から原因分析を行うとともに、今後の産科医療の質の向上のために、同じような事例の再発防止策等の提言を行う。
つまり、原因分析は、責任追及を目的とするものではない。分娩経過中の要因とともに、既往歴や今回の妊娠経過等、分娩以外の要因について原因を明らかにすることを主眼としている。医学的評価は、検討すべき事象の発生時に視点を置き、その時点で行う妥当な分娩管理等は何かという観点で、事例を分析することになる。そして、既知の結果から振り返る事後的検討も行って、再発防止に向けて改善につながると考えられる課題が見つかれば、それを指摘し、類似事例の再発防止を提言する。
原因分析及び提言は報告書にまとめられ、分娩機関および児・保護者に開示されるとともに、再発防止や産科医療の質の向上のため、個人情報および分娩機関情報の取り扱いに十分留意の上、公表される。
なお、原因分析開始から報告書の完成まで、概ね6月から12月の期間を要すると考えられている。